いま各界民衆は日帝により強盗的な「丁未7條約」と「保安法」が造作されたときから100年になったことと関連し、わが民族の百年の宿敵である日帝に対する深く染みいる怨恨と復讐心で胸を沸きたたせている。
1907年7月24日、日帝はどうにかして法的手順を速やかに整え「韓日協約」(丁未7條約)を一方的に造作公布し、形式上残っていた李朝封建政府政権を根こそぎ強奪する荒暴無道な行為を敢行した。
当時、日帝はわが国を彼らの植民地として難なく掌握するため、主権の象徴だった高宗皇帝を強制退位させ、李完用、宋秉畯のような親日走狗で構成されたカカシ内閣を操縦して、彼らが組んだ「丁未7條約」草案を承認させた。
それから3日後の7月27日、日帝はいわゆる「安寧秩序の維持」という美名の下に、悪法中の悪法である「保安法」を発布し、われわれ民衆の反日愛国進出と闘争に対するファッショ的弾圧を合法化した。
「丁未7條約」と「保安法」とは、締結当時から条約締結能力を持つことができない当事者と、国家の全権委任を受けることさえできない者たちによって捏造されたものであり、さらには「条約」の内容が国際法と国内法に抵触することにおいて一貫し、最高執権者と最高執権機関の批准を受けることができないところから、徹底した不法であり無効であった。
にもかかわらず日帝はこのような強盗的な「条約」と悪法に基づいて、わが国を完全に強制的占領したのみならず、およそ半世紀にかけて人類史のどこを探しても見られない悪辣な植民地統治を行った。
今日、日本はわが国を非法的に強占し略奪蛮行を行った過去の罪悪に対する謝罪と反省をする代わりに、むしろこれを美化粉飾しながら再侵入の策動にいっそう狂奔している。
最近、日本当局が朝鮮総聯に対する弾圧の度数を日ごとに高めているとともに、2007年「防衛白書」で独島を彼らの領土と堂々と表記したことは、日本の再侵入の野望が日ごとに露骨になっていることを明確に実証している。
歴史と現実は、日本こそわが民族、わが民衆とはひとつの空のもとに生きられない不倶戴天の敵であり、日本反動とは何としても血の決算をしなければならない、ということを明確に見せている。
各界民衆は日本の侵略的本性は絶対に変わり得ないということをはっきり肝に銘じ、反日、反外勢闘争の火をさらに勢いよく燃え上がらせなければならず、日ごとに露骨にする日本の反北対決と再侵入策動をきっぱりと捨てさせねばならない。
